生まれ落ちたこと

オンナの声が欲しかった。
高く遠く、深淵に響き渡るその声が。
オトコの力が欲しかった。
強く大きく、何者をも御するその力が。


神さまは、僕にはどちらもくれなかった。
僕は泣いた。
なぜ、どうしてと、かすれた声で叫んだ。
手近な草を引きちぎり、力なく地面を叩いた。
冷たい雨が頬を撫でた。
何もない、僕には何もない‥‥
そうやって長いこと泣き続けた。


泣き疲れた僕は考えた。
戦えないし歌えない。
そんな僕は‥‥僕にできることは何か。


考えることだ。
悩み、考え、知識の礎としよう。
知ることだ。
探し、知り、思考の糧としよう。
教えることだ。
鑑み、教え、次代の標としよう。


僕は「声」を届けられる。
僕は「力」を信じられる。
僕は、すべてをもっていた。
いつもより青く晴れた空の下で、もう一度だけ泣いた。


-- 1774年、アルクゥ・サイクロペディア*1の手記より

*1:Arc Cyclopedia 
1769年4月20日-1821年4月30日